東日本大震災 現地視察状況 (2)

1. 日時 : 平成23年7月15日(金)~17日(日)
2. 視察場所 : 宮城県山元町(福島県境)~気仙沼市(岩手県近接)

以下、宮城県北端の気仙沼市から南端の山元町まで、写真を用いてレポートいたします。




【7月15日】
・亘理郡山元町坂元~亘理町


[写真-1] 瓦礫の山が点在しており、分別はできていない状態。



[写真-2] JR坂元駅の被災後のホームの状況(写真右側が海)
線路は、両端50mのみ残す。



[写真-3] 中浜地区の農業集落排水処理場
建物は残存しているものの、津波は建物内部まで進入。
周辺は液状化の影響で1m以上窪んでいる(写真-4参照)。



[写真-4] 写真-3の近影。液状化が発生した跡
表層の盛土部以深は、均質な中砂~細砂が主体となる。



[写真-5] 水門本体は健全



[写真-6] 被災後の常磐自動車学校
周辺には損壊車両が山積されている。



[写真-7] 山下第二小学校
建物は残存するが、1階は浸水。



[写真-8] 山下第二小学校の1階教室の状況
瓦礫は撤去積み、時計は被災時間と思われる3時20分で止まる。



[写真-9] 被災後の吉田浜堤
堤防は津波により損壊しており、土嚢なので応急復旧。
堤防前面にある離岸堤は、確認できる範囲で健全。



[写真-10] 堤防破損状況



[写真-11] 写真-10の近影
堤防背後には、沈下が起こっており、常に水が溜まっている状態。



[写真-12] 吉田浜堤背後地盤には、液状化が原因と思われる窪みが多数見受けられる。



・亘理郡亘理町~名取市閖上


[写真-13] 鳥海漁港導流堤の南側防波堤が100m程度倒壊、
港口重力式岸壁部の胸壁50m程度が倒壊。



[写真-14] 名取市閖上地区の被災後の状況。
高台には震災の慰霊碑があった。被災前は住居が点在していたが、現在は基礎コンクリートのみ残す。



[写真-15] 閖上漁港の状況
矢板岸壁は残る。



[写真-16] 閖上漁港の建屋は壊滅状態。



[写真-17] 閖上漁港の状況
背後地盤は液状化と思われる沈下が見られる。地盤材料は主に砂が主体。



・仙台塩釜港(仙台港区)


[写真-18] 仙台塩釜港の被災状況
湾奥の中央公園前の直立消波式岸壁は半分程度流出。



[写真-19] ガントリークレーン基礎は、エプロンと比べ80cm程度突出している。
これは、杭基礎のため周辺地盤の液状化による沈下が免れる。



[写真-20] 津波により散乱したコンテナを回収、コンテナターミナル内に仮置きしている。



[写真-21] 整理されたコンテナも大半が使用不可、中身の腐敗で異臭漂う。





【7月16日】
・南三陸町 志津川高校避難所~志津川地区内


[写真-1] 南三陸町 志津川高校 避難所。



[写真-2] 志津川高校の運動場内に建てられた仮設住宅
現在仮設住宅には58戸入居。



[写真-3] 高台に位置する志津川高校から被災地を臨む。
建物はほとんど全壊しており、一部鉄骨や鉄筋コンクリート建物は残る。



[写真-4] 南三陸町内の被災状況
防災センターは鉄骨のみを残し全壊。



[写真-5] 南三陸町内の被災状況
建物の3Fには津波により運ばれた車が残っている。



・南三陸町 歌津中学校 避難所~歌津地区内


[写真-6] 太陽光パネルにより携帯電話の充電などを行っていた
(被災時は貴重な電力だったとのこと)。



[写真-7] 歌津地区内の状況。
役場、商店街、民家は壊滅状態。
気仙沼線の高架が流されており、200m程度支柱のみとなる。



[写真-8] 歌津地区内の状況
漁協会館は建物は残るが1階は壊滅。
被災前、漁協会館手前には役場が建てられていた。



・気仙沼漁港


[写真-9] 漁港周辺の建物は50%程度残るが、
周辺が沈下しているため潮位が高くなると浸水してくる。



[写真-10] 漁港のエプロンは全体的に沈下しているため潮位が高い時間帯は浸水して、
海と岸壁の境界が無くなる。
仮設道は、潮位の変動でも水が被らないよう嵩上げ(70cm程度)している。



[写真-11] 気仙沼合同庁舎
被災時、2Fまで浸水しており、現在は使われていない。



[写真-12] 気仙沼港市役所前浮桟橋2基のうち、1基は
係留杭から離れて岸壁に移動、1基は見当たらず。



[写真-13] 津波により道路標識が損傷している。
気仙沼漁港内でも一番奥に
位置するが、津波高が道路標識以上の高さまで到達したものと推測される。



[写真-14] 気仙沼漁港大浦地区付近の状況
火災が発生したと見られる漁船が打ち上げられている。





【7月17日】
・石巻市内


[写真-1] 高台にある日和山公園(鹿島御児神社)



[写真-2] 日和山から被災地を臨む。石巻工業港背後(写真右側)には、
瓦礫の山、廃車の山積が点在する。現地東側には、旧北上川の河口となる。
日和大橋は健全な状態で残る。



[写真-3] 旧北上川の中州
中州に石森章太郎記念館があり、旧北上川上流には、
内海橋が架かる。内海橋は橋桁,下部工共に健全状態。



[写真-4] 石森章太郎記念館は現在利用できない状態



[写真-5] 石巻市内移動中の状況
家屋が建てられた高低差で被害の状況が大きく異なる。



・石巻魚港~石巻工業港


[写真-6] 石巻漁港背面は、約70cm沈下しており、浸水している状態。
仮設道は嵩上げされている。



[写真-7] 矢板岸壁(延長約1.2km)は北側に20~30cm程度ずれるも倒れ等は見られない。



[写真-8] 石巻工業港背後には、自動車が山積にされる。



[写真-9] 日和山公園下方に位置する門脇小学校の被災状況。



[写真-10] 石巻工業港先端部沈下、木材置き場の木材そのまま残る。
矢板背後3箇所陥没するも、矢板は法線の出入り等なく健全。



[写真-11] 港湾合同庁舎の被災状況
1Fの窓ガラスは津波により損傷。



・女川町


[写真-12] 女川町町立病院
ここは、約20mの高台にあり避難所に指定されていたが、1Fまで津波が進入。



[写真-13] 女川町立病院から下方を臨む
建物は、ほぼ壊滅状態で、ビルは倒壊し、瓦礫が点在する。



[写真-14] ビルが津波により倒壊している状態



[写真-15] 女川町立病院までの避難階段
法面のロックボルト付きにのり枠は津波に対する被害なし。



[写真-16] 女川地区の状況
沿岸部は沈下しており、潮位が高い時間帯は海と陸との境界が無くなる。



・奥松島~塩釜港(塩釜港区)


[写真-17] 奥松島の堤防が決壊している



[写真-18] 堤防背後も津波により建物は全壊し、
車やバックホウなども海中に現在でも沈んでいる状態。



[写真-19] 上水道?の仮復旧状況



[写真-20] エプロン部は液状化による段差が発生
現在使用されている。
港内にあるマリンゲート塩釜の2Fまで浸水したとのこと。



[写真-21] エプロン部は液状化による段差が発生



[写真-22] エプロン部は液状化による窪みが発生



東日本大震災 被災地調査のまとめ


1.現地調査ルート(平成23年7月15日~17日 3日間)

① 7/15
仙台市内~坂元町、山元町、亘理町、名取市、仙台空港~仙台港
② 7/16
仙台市内~南三陸町志津川高校避難所~歌津中学校~気仙沼市
③ 7/17
仙台市内~石巻港~万石浦~女川町~東松島~塩釜港~七ヶ浜~仙台駅

3. 1日目の調査結果

 
①(7月15日(金) 仙台市内~坂元町、山元町、亘理町、名取市、仙台空港~仙台港)
 
  1)坂元町、山元町、亘理町 : 快晴、微風 
   ・坂元町民家、多数全半壊、瓦礫が点在。放射線計量0.291μsv/h 
   ・山元駅、トイレのみ残る、線路両端50m以外はなし。  
   ・コンクリート(PC桁?)橋、高欄は全損、半損しているが橋桁、橋台は健全。
   ・中浜地区農業集落排水処理場、建物は残存、布基礎周辺液状化で1m程度の窪み。
   ・水門本体は健全、周辺取付部護岸は破堤。
   ・常磐山元自動車学校周辺は損壊車両の山、民家は基礎コンクリートのみ残る、
    電柱所々に倒壊。
   ・山元町海岸堤、防砂利、コンクリートブロックで応急復旧。
   ・山下第二小学校、建物残存、1階天井板めくれる。窓ガラス所々破損、
    時計3時20分で止まる。
   ・吉田浜背後地盤1.5m程度沈下(沈降+液状化?)堤防位置に土嚢を置き応急復旧、
    前面離岸堤見える範囲のテトラブロック健全。
   ・亘理町耕作地大半が津波による泥土で覆われ、農作物に大きな被害がおよぶ。
   ・鳥海漁港、湾奧は比較的健全、漁港市場前の矢板式岸壁も天端が7~8cm段差が
    あるが健全、背後地盤の沈下なし、張ブロック積部は50m程度にわたり全半壊,
    建物は損傷。
   ・鳥海漁港の口導流堤南側防波堤、100m程度倒壊、港口重力式岸壁部の胸壁
    50m程度倒壊。

  2)仙台空港、名取市 : 快晴、微風 
   ・阿武隈川堤防所々ブルーシートで覆われる。
   ・仙台空港外観は健全、利用客で混雑。
   ・仙台空港東側の貞山水路に架かる橋の高欄損傷、海岸松林多数立ち枯れ。
   ・名取市閖上地区壊滅、舟、田畑に点在、住居跡のみ残る。高台に震災の
    慰霊碑あり、拝礼。
   ・漁港建屋壊滅、背後地盤液状化、矢板岸壁は残る。 
   ・若林地区海岸松林大半倒木、瓦礫の山点在。 
   ・仙台東部道路の西と東で被害状況が大きく異なる。道路盛土が津波を阻止
    した状況が顕著。 

  3)仙台港  
  (被災状況)
   ・岸壁は-14m岸壁を除いて殆ど使用可。エプロンの沈下に対する補修は2年程度で
    復旧。
   ・湾奧の中央公園前の直立消波式岸壁は半分程度流出。
   ・4基のガントリクレーンは転倒はしていないが電気系統を含めて点検の必要有り。
    現在300t吊りクローラクレーン1基で代用している。
   ・ガントリークレーン基礎エプロンより80cm程度突出、杭基礎のため周辺地盤
    液状化による沈下を免れる。なお、エプロンの沈下量は
    地盤の沈降(70cm)+液状化による沈下(80cm)=(150cm)となる。
   ・コンテナターミナルの被害は沈下を除いてなし、石油コンビナートのタンク群
    は健全、湾奧の石油タンクが火災消失。
   ・付近の住宅は全壊、蒲生干潟も消失、駐車場の県所有及び県職員の車300台が
    流出。
   ・輸出を予定していたトヨタ、スズキ、ホンダの新車も多数流失、街路樹に
    4台重なって止まっていた。
   ・コンテナ4500個のうち2000個流出、600個回収、1400個不明。
   ・散乱したコンテナを回収、整理する費用に3億円要したとのこと。
    整理されたコンテナも大半が使用不可、中身の腐敗で異臭漂う。
   ・前面水深は震災前と殆ど変わっていない。
   ・岸壁は隅角部の孕みだしが大きい。
  (仙台塩釜港湾事務関係者談)
   ・仙台塩釜港はじめ気仙沼港等全ての港湾で、津波対策を施し避難訓練も実施
    してきたが、大災害となった。
    ハード対策は限界、また過去の津波被害と比較して大丈夫だったということは
    通用しない。
   ・ハザードマップを出すことの適否についても検討する必要があるのでは。
   ・津波を見た瞬間1万人以上が死んだと思った。
   ・沿岸部の市町村は職員自体が被災しており動けない。
    カウンターパートナー方式の徳島県等の応援は非常に助かっている。
   ・現在仙台市は100名程度の応援が入っているが、単独で復旧事業を行うことが
    出来るのは仙台市ぐらいではないか。
   ・野積みした石炭、また石巻港の野積みチップは流出せず残っている。
    この原因は不明。
 

2日目の調査結果

②(7月16日(土) 仙台市内~南三陸町志津川高校避難所~歌津中学校~気仙沼市)
 
  1)南三陸町戸倉 : 快晴、微風
   ・戸倉町内家屋大半が流出、高台の家屋のみ残る。
   ・JR気仙沼線海岸近くはすべて寸断、流出。
   ・海沿いの高台のホテル残る、災害ボランティア等大勢宿泊している。

  2)南三陸町志津川高校避難所 : 
   ・自宅は無事であったが、避難所で寝泊まりしている。
   ・3.11に町営住宅の屋上の更に1段上のテラスで卓球部約20人が短パンで一晩中
    過ごす。
   ・病院の入院患者は津波の引き波でベッドに寝たまま窓から投げ出され大勢が犠牲に
    なった。低下したと思われる。(女川町や南三陸町と比較した場合)
   ・現在震災で残った民間のベイガイドアリーナを仮役場としている。
   ・南三陸町役場職員200人のうち39人が犠牲となり、そのうち半数以上が行方不明。
   ・現在仮設住宅には58戸入居、避難所には80人、避難所は6ヶ月が目途。
   ・お盆ぐらいまでには全員仮設住宅に入居予定。
   ・7月まではここでも水が出ない状態だった、まだ水が出ない地区もある。
   ・夜は灯りがなく真っ暗で歩くのも危険、特に海岸近くは地盤が沈降している。
   ・避難所生活は限界を超えている、精神的にも疲れている。
   ・色々説明してもなってみなければわからない、一緒に体験してもらうことが一番。
   ・他県からの支援は助かっているが、出来れば前任者との引 き継ぎを綿密にして
         欲しい。
   ・現在まだ行方不明者を捜している家族がある。
   ・コンビニの建物が流出したため、1軒がテントで営業している。
  (避難所自治会代表談)
   ・自宅が流されていく様子も撮影、ここまで津波が来るとは思っていなかった。
   ・防災センター鉄骨のみ残し全壊、役場全壊、町長助かる、
    避難勧告を放送していた女性は津波にのまれる。
   ・志津川高校の上り階段で、非難してきた住民を部活をしていた高校生が助けた。
   ・ビル3F屋上に車が残っている。

  3)南三陸町歌津中学校 : 
   ・歌津町役場では庁舎内に2人が残っていた時に激しい揺れ がおこり、何も持たずに
      外にでた。
   ・役場前の町立保険センターの身障者の方をつれて小学校に逃げた、
   ・小学校は1階まで波が来た、日赤の非常用の物資は2階に置いていた。
   ・防波堤を火と煙が越えてきているのが見えた。
   ・600人が歌津中学校に非難した。
   ・今までの津波は十勝沖地震で50~60cmであったので、津波が来てもこの程度と
    思っていた。油断していた。
   ・歌津町では死者、行方不明者合せて93人の犠牲者のうち、 2人が子供であった。
   ・部落ごとなくなった地区もあり、津波の2波、3波が大きかった。
   ・水道は復旧しているが、海水が混じり飲み水にはならない。
   ・被災直後は、歌津町は映像が流されず、応援が来なかった。南三陸町を通じて
    自衛隊に応援要請した。
   ・最初は水が出ないためトイレの水に困った、近くの井戸から水を運んだ。
   ・最初は町民が協力して瓦礫をのけ道路を通れるようにした。
   ・現在コンビニで野菜を置いてくれているので助かっている。
  (歌津町視察)
   ・役場、商店街、民家壊滅、漁港会館1階壊滅。
   ・防潮水門残る、JR高架200m程度柱のみ残る。

  4)本吉町、大谷海岸 : 曇り、霧立ちこめる
   ・本吉町JR高架壊滅、堤防所々転倒、全壊。
   ・大谷海岸JR線路なし、道路全壊。
   ・大谷漁港近く瓦礫集積場、運搬トラックの列。

  5)気仙沼市 : 曇り
   ・松崎、道路両側RC2~3階建て2~3棟残る、民家布基礎等が残るのみ。
   ・気仙沼漁港建物50%程度残る。
   ・気仙沼漁港エプロン沈下、仮設道路、魚市場70cm程度嵩上げ。
   ・気仙沼漁港関連建屋全半壊。
   ・合同庁舎、海上保安庁ビル全壊。
   ・気仙沼港市役所前浮桟橋2基のうち、1基は係留杭から離れて岸壁に移動、
    1基は見当たらず。
   ・浮桟橋についていたフェリーは岸壁に直接接岸。
   ・家屋70%程度倒壊、瓦礫山積み。
   ・家屋等消失の痕跡有り。
   ・背後斜面落石が点在するが、法面崩壊なし。
   ・物揚場上部工前面にL≒20m倒れている箇所有り。
   ・直立消波(ワーロック)被災なし、橋桁及び橋台健全。
   ・ジブクレーン被災なし。
   ・大浦漁港壊滅。
 

3日目の調査結果

③(7月17日(日) 仙台市内~石巻港~万石浦~女川町~東松島~塩釜港~七ヶ浜~仙台駅)
 
  1)石巻港 : 快晴、微風 
   ・石巻港近く、コンビニ1.30mに溜まった泥を掻き出し営業。
   ・日和山公園下信号消え、交通警官手旗信号で誘導。 
   ・日和山公園から見ると石巻工業港背後瓦礫の山、自動車等山積み。
   ・日和山橋健全、ジブクレーン機健全。
   ・石巻漁港背後法面2~3箇所崩壊。
   ・石巻港中心部建物は残るが1階は全壊、舟、ヨット建物群中に点在。
   ・石森章太郎記念館は残るが、使用不可の状態、上流部橋桁、下部工健全。
   ・ボランティア認定度が10人程度で道路側溝の掃除。
   ・万石浦湾奧被害なし。
   ・石巻漁港背面約70cm沈下、矢板岸壁(延長1~2km)北側に20~30cmずれるも
    倒れ等なし。
   ・石巻漁港背面マンホール液状化で沈下。
   ・石巻工業港先端部沈下、木材置き場の木材そのまま残る。
   ・石巻工業港矢板背後3箇所陥没するも、矢板は法線の出入り等なく健全。

  2)女川町 : 快晴、微風 
   ・女川町に入ると、建物全て壊滅、ビル倒壊、瓦礫点在。
   ・女川町役場壊滅、民間施設を借りて仮庁舎で始動。
   ・法面のロックボルト付き法枠は津波に対する被害なし。

  3)鳴瀬川~奥松島~塩釜~七ヶ浜 : 快晴、微風 
   ・鳴瀬川-仙石線駅舎残る、海岸は背後の民家壊滅。
   ・奥松島堤防前面に倒れる、バックホウ、車海の中に突っ込む。
   ・奥松島船着き場護岸崩れる、近傍の小高い法面岩盤落石。
   ・松島被害なし、観光客でにぎわう。
   ・塩釜港エプロン液状化による沈下、マリンゲート塩釜2階まで浸水。
   ・七ヶ浜海岸背後防波堤決壊、松林もなく壊滅。
   ・七ヶ浜海岸段丘上の民家等被害なし。

 

構造物の被害について

構造物被害の概要を下記にとりまとめました。
 
   ① 地震動による被害よりも津波被害が甚大。
   ② 地盤の沈降、液状化による沈下の被害が大きい。
   ③ 構造物位置の高低差で被害が極端に異なる。→天国と地獄
   ④ 構造形式により被害が異なる。杭式、矢板式等は比較的被害が小さく、胸壁、
     ケーソン等の面構造物は被害が大きい。
   ⑤ アンカー付法枠、ロックボルト付法枠は健全。
   ⑥ 漁船、コンテナー、自動車等は津波で流され凶器になる。

 

今回の視察結果は以上です。



当社が在住する徳島県においても東南海・南海地震による被害が想定されており、
今回の教訓を地域の減災に活かせればと痛感しております。



また、今回の視察で現地でご対応いただいた、各関係者の方々に厚く謝意を表します。



被災されました方々に心よりお見舞い申し上げます。
早期の復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。